代表者紹介

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初めまして。代表行政書士の吉田美緒(よした みお)です。



士業を知ったのは小学生のとき

 

人口約10万人の石川県小松市で生まれ、1つ上の姉と1つ下の弟に挟まれた私は、『どうやったら両親に構ってもらえるか』ということばかり考える変わった子供でした。
小さいころの写真を見返すと決まって変顔をしています。人を笑わせて注目を浴びるのが大好きな子供でした。
小学校低学年のころ、父親が税理士として独立開業をしました。姉と弟と自宅近くに借りた父の事務所へ行き『お仕事ごっこ』をしていたのを思い出します。意味もわからず毎年3月になると自作の確定申告応援ダンスで父を応援していました。子供ながらに父の賢さに憧れ、『士業ってかっこいい!』と思っていました。


小さいころから『正義のヒーロー』になりたかった

 

字を書いたり丸付けをすることだった私は、小さいころ学校の先生や、ピアノを習っていたので、ピアノの先生になりたかったんです。何かの先生に憧れていました。正義感が強くクラスメイトに頼られたら嬉しく、クラスの代表として先生に話をしたり、時にはぶつかったりする子供でした。選挙の時期になると、選挙権も無いのに祖父と選挙特番を見るのが何よりの楽しみでした。信念を貫きたいという思いは子供の頃から変わっていません。そして小学校5年生の1月。このドラマで出会います。『HERO』検事こそが私が思い描いていた正義だと思い、このころから私の夢は法曹になりました。

 

何となく過ごした中学時代

 

小さいころから勉強を苦だと思ったことはありませんでした。常に好奇心が旺盛でわからないことはすぐに解決したいタイプの人間で、『なんで?』が口癖でした。両親はとても困っていたようです。学年1クラスしかない小学校で6年間を過ごした私は、今から思えばただのお山の大将ですが、自分は賢いとプライドを持っていました。中学校は学年7クラスある大きな中学校に進学しましたが、特に猛勉強することもなく成績はトップクラスでした。あまり努力もせず点数を取れていたので、きっと夢に向かって努力しなかったんだと思います。友達も多く、人並みに恋愛もして充実した中学生活でした。

 

人生初めての壁

 

高校は、地元で有名な進学校に進学することが出来ました。大学に行きたかったから進学校に行ったわけではなく、文教地区に高校があったところ、校則がゆるいと聞いていたところ、そして『みおちゃんって賢いね〜』そう思われたかったから進学校へ進みました。
そんな短絡的な思考で入学すると、入学式で『センター試験まで○○○日です。皆さん今日から勉強を頑張りましょう!』と言われ、入った高校を間違えたと思ったことを覚えています。毎日がテストの連続で、勉強をしなかった私は良い点数を勿論取れませんでした。勉強しなくても点数が取れることが小さな自慢だったので、小さなプライドがズタズタになったのを覚えています。仲の良かった友達は皆他の高校へ行き、高校に馴染めなかった私は次第に高校を遠ざけるようになってしまいました。
 

恩師との出会い

 

出席日数がギリギリでしたが、何とか2年生になることが出来ました。クラスは文系で女子の割合も高く、校内で特に気の合う友達と一緒のクラスになることが出来ました。2年生になっても全く勉強しなかった私ですが、担任の先生は私の幼稚な悩みにいつも向き合ってくれました。そんな担任の先生を見ているうちに、『この先生の科目(世界史)だけは勉強して良い点を取ろう!』と思い、久しぶりに勉強を始めました。社会が中学時代から得意だった私でしたが、テストでは良い点数を取ることが出来ませんでした。隣の席の子よりも点数が取れなかったことで、久しぶりに悔しい!という感情がわき起こり、その日以来世界史だけは一生懸命勉強しました。担任の先生へのお礼のつもりが、いつしか勉強することが楽しいと思えるまでになっていました。

 

迷った学部選択

 

2年生になると、模試が増えてきました。志望校を第4希望とかまで書く必要がありましたが、当時私は憧れの先輩が東京の有名私大へ進学したので、ただただ同じ大学に行きたくて、その大学名を書いていました。何が勉強したいかは後付けでした。歴史が好きだから史学部へ行きたいと思った時期もありましたが、勉強する自分に自信が出てきたこともあって、思い切って先生に『私、法学部へ行きたい!』といったら応援してくれました。忘れかけていた『法律に関わる仕事がしたい』という夢を叶えるため、2年生の後半からは、毎日受験勉強を頑張りました。

 

人生が終わったと思った

 

最後の模試で、『C判定』まで取れた志望校でしたが、受験に失敗し法学部はおろか他の学部も落ち、行きたかった大学へ行く夢は叶いませんでした。人生が終わったと思いました。滑り止めで都内の私立大学の法学部には受かりましたが、全く嬉しくありませんでした。浪人しようか悩んでいる時に、恩師に泣きながら会いに行きました。そこで恩師がこんな言葉をかけてくれました。『志望校には落ちたけど、学びたいことが学べる、いいじゃないか。浪人しても来年受かるかわからない。1年早く学びたいことを学んでみなさい。知っているか?この大学は、日本で一番社長を輩出する素晴らしい大学だよ。先生は行けばいいと思う。』先生のこの言葉に背中を押され、私は日本大学法学部へ進学しました。今から思えば、志望校に受からなくて良かったと思っています。受かっていたら、今の私のように大学入学後頑張って勉強をしなかったと断言できるからです。

 

夢を語り合える仲間に出会えた大学時代

 

大学入学後、すぐに気の合う友達が出来ました。同じく第一志望に落ちたという子が多く、ここで頑張っていこう!とお互いを励まし大学生活を日々満喫していました。友達と一緒に入った野球サークルでは、弁護士や司法書士志望の先輩がいたりして夢を語り合うことができ、とても幸せでした。大学が東京ドームから徒歩圏内にあったこともあり、この頃から今でも続くプロ野球観戦に行くようになりました。3年生から始まったゼミは、『刑法ゼミ』を選択し、刑法についてたくさん学びディベートをしました。ゼミの仲間には弁護士を目指している仲間もいて、ここでも法律という興味を共有できる仲間に恵まれました。2年生の途中から資格専門学校の体験講座をいくつか受け、大手資格学校で『司法書士講座』を3年生の春から受講することを決めました。いよいよ、夢の実現へ向けて一番頑張るときがやってきました。

 

人生で初めてもう勉強から離れたいと思った

 

大学に通う傍ら資格学校へも通い、民法や不動産登記法の勉強を始めました。自分は勉強については、やればできる人間だと過信していたところもありますが、人生で初めて『これは歯が立たない』と思い、1度の受験で勉強をやめてしまいました。今から思えば覚悟が足りなかったと反省しています。就職先が決まっていく友達を見ていて、先の見えない自分の人生を不安に思ってしまい、ブレずに勉強することが出来ませんでした。私の資格取得を応援してくれた両親に『もう勉強したくない』と伝え、アパレルに興味があった私はアパレル業界へ就職することも一時考えていました。

 

行政書士を勉強してみたら?

 

勉強をやめてしまった4年生の秋、両親と秋の京都へ出かけました。そんな京都の地で、父に勧められたのが『行政書士』という資格でした。『行政書士なら司法書士と科目が被る部分もあるし、行政書士を勉強してまた勉強したいと思ったら司法書士を勉強してみたら良いんじゃないか。せっかくここまで頑張ったんだから、やってみたら?』と父が上手く私を乗せてくれ、『一発合格出来なかったら法律家を諦める気持ちでやろう!』と心に決め、22歳の誕生日から行政書士の勉強を始めました。あの頃は自分で精一杯でしたが、思い返して見ると、いつも両親がサポートしてくれていたんだと感じ感謝でいっぱいです。

 

司法書士補助者として

 

大学を卒業し、11月の行政書士試験まで働かないというわけにもいかない、かといって正社員になってしまうと勉強時間の確保が不安だった私でしたが、地元へ帰り、県内の司法書士事務所で補助者として雇ってもらうことが出来ました。毎日勉強していた書類の名前が飛び交い、とても刺激的でした。初めて定款を見たときや戸籍を見たときは、『わぁ〜!』と子供のようにテンションが上がりました。大して仕事が出来ない私をご厚意で雇ってくれた司法書士の先生には本当に感謝しています。いつか立派になって仕事を依頼することが何よりの恩返しだと思い、日々試験勉強を頑張りました。

 

やってきた行政書士試験

 

平成24年の11月、行政書士試験を受験しました。『落ちたら終わり』と自分自身を追い込んでいました。今から思えば追い込みすぎでしたね。資格学校の問題集は全てやり切りましたし、司法書士向けの民法の教材も解いていました。毎日車内では行政法のCDを聞いたり、朝ご飯を食べながら新聞の一面を読んで一般知識の勉強をしたり。試験までの約1年は大好きなことをことごとく我慢しました。それくらいやらないとまた落ちてしまう恐怖があったからです。試験中は、毎日朝のルーティンに聞いていた曲がずっと頭の中を流れていて、楽しく試験を受けることが出来ました。ただ、受かる確信は全く持てず、試験後すぐに自己採点をすることが出来ませんでした。

 

自己採点後、簿記の勉強を開始

 

恐る恐る自己採点をしたところ、マークミスや記述漏れがない限り合格点に達していました。合格発表まで時間があると不安になってしまうので、合格後に必要であろう簿記の知識を身につけようと簿記の勉強を始めました。(建設業等の申請で簡単にでも決算書を読めなければならないことは何となく知っていました。)簿記の勉強は、全く向いていなくて、民法の勉強のように、やってもやっても楽しいと思えませんでした。『これが向き不向きなのかな〜』と思いつつ、何とか最低限の簿記3級を取得することが出来ました。

 

合格発表、そして就職活動へ

 

合格発表は、1人で見ることが出来ず、友人とチェックしました。自分の受験番号を見つけた瞬間、飛び上がるほど嬉しかったです。と同時に、社会人経験が無かった私は、即独立開業することも勧められましたが、いつか地元で開業するために修行として都会の行政書士の補助者として働きたいと思い、就職活動を始めました。合格発表後は求人応募が殺到すると思い、速達で履歴書を送ったことが良い思い出です。

 

神奈川県内の行政書士事務所に就職

 

縁があり、神奈川県内の行政書士事務所に雇ってもらうことが出来ました。社労士事務所との合同事務所で、約2年間行政書士業務と社労士業務をさせて頂きました。社会人経験が無い私に、敬語の使い方、メールの打ち方、人間関係等に至るまでたくさんのことを教えて頂きました。行政書士業務では東京、神奈川、埼玉、千葉を中心に主に会社設立や建設業許可、古物業許可を任せられ、社労士業務をさせてもらえていたおかげで、労働保険や社会保険の知識もつきました。仕事が出来ない自分に給料を払ってもらうのは勿体ないと思い、1日も早く仕事を覚えないと!と思い、事務所の最寄り駅に住み、自分なりに精一杯働いていました。もっと事務所の役に立ちたいと思っていた矢先、体調を崩し、どちかと言うと後ろ向きな理由で退職し、地元に帰ることになりました。

 

ある行政書士さんとの出会い

 

地元へ帰り、少しゆっくりしてから今後の人生を考えようと思っていた私に、社労士の姉が地元の行政書士さんから『妹さん良かったら来てね』とチラシを渡され、私は金沢で行われた『行政書士開業セミナー』に参加しました。なんでも有名な行政書士さんが地元に来るとのことで、好奇心から参加しました。不思議なことに、このセミナーに参加したことがきっかけで毎日アメブロを書くようになり、行政書士として開業する決意が出来たのです。この行政書士さんとの出会いで人生は大きく変わりました。私が今行政書士として頑張れているのは、金沢で出会った行政書士法人GOALの石下先生のおかげと言っても過言ではありません。

 

名古屋行政書士探求会へ参加

 

私が開業した当初、県内で実務研修が少なかったこと、県外で気軽に相談できる相手が欲しかったこともあり、県外で気軽に学びにいける場を探していました。そんな中で名古屋で行政書士勉強会をしている名南経営の大野さんと出会い、名古屋行政書士探求会へ参加するようになりました。講師の先生は、私がブログを愛読している先生や、行政書士合格時から知っている先生等私にとって刺激を与えてくれる先生ばかりでした。ここで県外の知り合いも増え、開業当初の私にとってとてもリラックス出来る場でした。

 

がむしゃらに走り抜いた1年目、2年目

 

開業してから2年間は、ひたすら走りまくっていました。来た仕事が全て受けるスタンスで、専門業務を持たずただひたすら数をこなしました。補助者時代にほとんど経験したことのない相続業務や契約書業務が多く、勉強の毎日でした。泣きながら契約書を作ったり、緊張でアガってしまったり、今では良い思い出です。運良く1年目、2年目ではなかなか関われない大きなプロジェクトにも参加出来たり、県内では若手が少ないこともあって、先輩の行政書士の先生にも良くしてもらいました。この仕事で食っていくんだという想いは日に日に強くなりました。

 

能力以上のことをやってみたい、本来やりたかったことを見つめ直したい

 

迎えた開業3年目、『自分の能力以上のことをやってみたい!』『本来やりたかったことを見つめ直したい!』という想いから、開業当初から参加していた石川県若手行政書士勉強会「21世紀の会」の代表幹事に就任、未だかつてない勉強会をしようと1年間のスケジュールを組み、開業してから刺激を受けた県外の行政書士の先生を講師として招くことが出来ました。平成29年11月には、北陸の行政書士と協力し、金沢で行政書士限定でセミナーも主催しました。1人では出来ないことを仲間と達成できた時の感動は何にも変えられない財産となりました。元々、自分と同じように若くして起業する方や女性の起業を支援したいという想いがあったので、女性起業家仲間とチームを組み、北陸の女性起業家支援家チーム『Fit!』を結成しました。数をこなして売上を何が何でも上げたい!とがむしゃらに頑張っていた1年目・2年目から、3年目自分がやりたいことをやりながらモチベーションを保ち、効率も意識して仕事を行うようになりました。補助者も雇い、経営者という自覚が芽生えたのは3年目に入ってからでした。

 

行政書士としてのこれから

 

もうすぐ行政書士として開業して丸3年が過ぎようとしています。様々な業務をさせてもらう中で、何よりやりがいを感じ、かつ依頼者に価値を提供できると思った業務は、『帰化業務』と『会社設立業務』でした。帰化業務は、依頼者の人生を左右する申請業務に関われる責任感と許可時の達成感が格別です。20代の私が、ここまで依頼者に感謝された業務はありません。そして会社設立業務は、税理士の父と社労士の姉と3つの士業で依頼者の起業を最大限にサポートでき、自分自身が一番応援したい方をサポートできるので、とてもやりがいを感じています。税理士、社労士、行政書士が揃えば会社設立時に不安な点は残りません。これからは、この『帰化業務』と『会社設立業務』の2本柱で事務所運営を行っていくことを決めました。
そして、業務と並行して石川県若手行政書士勉強会「21世紀の会」の代表幹事として、起業家のスペシャリストと一番近くで接し、起業家として様々な力を磨くこと、『Fit!』の活動を充実させて更に女性起業家支援に力を入れていきたいと思っています。
行政書士は、依頼者の人生の分岐点で力になれる専門家だと確信しています。
『この人に依頼して良かった!』『起業して良かった!』と思ってもらえるようにHPを通して有意義な情報を常に発信し続けることが私の使命です。


〜プロフィール紹介〜

平成元年12月 石川県小松市にて         出生
平成19年3月 石川県立小松高等学校       卒業
平成23年3月 日本大学法学部政治経済学科    卒業
平成25年1月 平成24年度行政書士試験     合格
平成25年3月 神奈川県内の行政書士事務所        勤務
平成27年4月 吉田美緒行政書士事務所        開業
特定行政書士・申請取次行政書士(名・行 第16−55号)資格取得

〜現在
石川県行政書士会業務指導部員
石川県行政書士会広報部員
石川県行政書士会小松支部役員
21世紀の会(県内若手行政書士勉強会)代表幹事
北陸女性起業家支援「Fit!」発起人

〜趣味〜
・スポーツ観戦(ジャイアンツの亀井選手の大ファンです!)
・温泉巡り
・御朱印集め
・猫と遊ぶこと(おばあちゃん猫を飼っています♪)

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